『グラン・トリノ』

あまりにも名作なので敢えて取り上げる必要もないかもしれないのだが、再度鑑賞した際に新たな魅力を味わうための何かきっかけになればと思い記事を書こうと思った。もちろん、初見の方もぜひ鑑賞して欲しい。

主人公は初老の元自動車工で朝鮮戦争にも出兵した退役軍人でもある。気難しく頑固な性格から近所の人はもちろん、自分の家族からも疎まれている。そんな彼がひょんな事から隣家に住むモン族一家と交流を持つ事となり、自身の偏見や戦争で背負った贖罪に直面し葛藤する姿を描く人間ドラマだ。

© 2009 New Line Productions, Inc. Distributed by Warner Home Video. All rights reserved.

 

クリント・イーストウッド演じる主人公の名前はウォルト・コワルスキー。コワルスキーという名前から分かるように移民であり、20世紀初めにアメリカに渡ってきたポーランド移民の二世にあたる。舞台となるデトロイトは自動車会社のフォードがその基盤を置き、自動車の大量生産を開始すると70年代にその絶頂期を迎える。デトロイトの自動車産業を支えたのが主人公のような移民であり、南部から流れてきた大勢の黒人達であった。時期を同じく1972年に生産されたのがタイトルにもなっている「グラン・トリノ」、主人公の愛車であると共にアメリカンドリームの象徴だったりもするのだ。

しかし、1973年に石油ショックでガソリンの価格が跳ね上がると燃費が良くて安い日本車が売れ始める。するとデトロイトは崩壊の一途をたどり、労働者の三代目は大学を出て地元に戻ることもなく地域の過疎化は進んだ。主人公の息子がトヨタのセールスマンをしているのは大きな皮肉である。

今年公開された『デトロイト』(2018年1月26日公開)をご覧になっただろうか。1976年にデトロイトで起きたアメリカ史上最大規模の黒人暴動を描いた作品なのだが、自動車産業の衰退に拍車をかけるように大暴動が勃発したためデトロイトという街は廃墟と化してしまうのだ。『イット・フォローズ』や『ドント・ブリーズ』といったホラー映画を観てもらうと現在のゴーストタウン化したデトロイトの惨状がよく分かる。ホラー映画には打ってつけの元大都市なのだ。

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さて、そんな過疎化しかつ治安も悪くなったデトロイトには、その家賃の安さから貧しい有色人種が押し寄せてくる。モン族の一家だ。モン族とはラオスに住む山岳民族で、現在およそ27万人がアメリカに住んでいる。

なぜラオスの少数民族がアメリカに?きっかけはベトナム戦争だ。反政府ゲリラ、いわゆるベトコンは北ベトナムから武器支援を受けており、そのルート上にラオスが位置していた。米軍はこのルートを断ち切りたかったがラオス国内での軍事活動は国際法で禁じられていた。そこで、ラオス領域のモン族を物資や金で懐柔し密かに訓練させてゲリラに仕立て上げた。しかし、75年にアメリカはベトナムから撤退、反政府組織がラオスの政権を握るとモン族を弾圧した。そして命からがら逃げ出したモン族はアメリカに「亡命」を求めたという経緯になるのだ。

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主人公コワルスキーは朝鮮戦争でアジア人と戦った。黄色人種なら中国人だろうが日本人だろうが、もちろんモン族だろうと同じ敵にしか見えないのだ。そんな彼がモン族の少年を一人前の男に鍛え上げる羽目になる。最初は渋々といった態度が多く、汚い言葉で罵ったりもする。ただ徐々に前向きで純粋な少年の姿勢に心を開き、赤の他人でしかも忌み嫌ってたアジア人に自らのアメリカの“男の魂”を引き継ごうとするのだ。

クリント・イーストウッド自身はかつて西部劇のスターとして地位を築き、ガンマンとして悪人どもを処刑してきた。西部劇における悪人はインディアンだ。ただ、インディアンの土地を奪ったのは大陸に移住してきたアメリカ人の方だった。過去の監督作『許されざる者』でもそうだったが、今作でもイーストウッド自身の贖罪を重ねているように思えた。

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このように、主人公そしてデトロイトという街が背負った宿命、超大国アメリカに運命を狂わされたモン族の歴史、この名作の背景には複雑に絡み合う人々の想いがあるのだろう。

ちょっと真面目で硬いことばかり書き連ねてしまったが、劇中では主人公とモン族一家の掛け合いがコミカルで結構笑える内容だったりもする。そして最後には静かな、でも重く深い感動で魂が揺さぶられることは間違いないだろう。

ラストのイーストウッドの歌声の余韻がいつまでも耳元に残っている。ぜひ鑑賞して頂きたい!