世界にはどれくらいの数の“芸術”が存在しているのだろうとふと考える。

音楽、ファッション、絵画。その全てにおける作品が、この世には溢れんばかりに流通している。だから本当の意味での“オリジナル”を創造することは容易ではない。

The logo of the clothing store Supreme, sometimes referred to as Supreme New York.
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Supreme (シュプリーム) のロゴデザインの元ネタは、アメリカの女性アーティストのバーバラ・クルーガー(Barbara Kruger)の「I shop therefore I am (我買う、ゆえに我あり) 」(1987) という作品だ。

そしてバーバラのその作品だって、フランスの哲学者ルネ・デカルト (René Descartes) の名言「I think therefore I am (我思う、ゆえに我あり) 」を流用している。

真新しい芸術を創作することは、容易ではないどころかもうすでに不可能なのかもしれない。

と思いながら、私はこの目新しくともなんともない文章を書き綴っている。

Barbara Kruger – I shop therefore I am (1987)


Supremeのこれとバーバラのこれは“オマージュ”と言えるだろう。なぜなら元ネタと創作物に差異があるから。

Wikipediaにて、オマージュは次のように定義されている。

オマージュ英語: hommage)は、芸術文学において、尊敬する作家や作品に影響を受け、似た作品を創作すること、またその創作物を指す語である。しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられる。

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これは“パクリ”とは異なる。

もちろんパクリに“リスペクト”が無いというわけでもない。

もともとはリスペクトを持ってその創作をパクったのだろうが、パクリのそれは紛れもなく「盗用」だ。自己の利益のために創作的な表現を盗用している。

そして盗用は、著作権法に違反しなければ、通常、法によって禁じられた犯罪 (構成要件に該当し、違法かつ有責な行為) には該当しない。

逆に言えば、著作権法に違反すれば犯罪として成立してしまう。

ハン・ファン・メーレンはいかにして贋作者となったか

Han van Meegeren
Photographer Koos Raucamp, 1945
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まず、贋作の定義を確認しておく必要がある。

制作者あるいは制作年代などを偽って、買手をだます意図のもとに制作された美術品。現存作品もしくは実在した作品をそのまま模倣したもの、特定の作者または時代の様式を模倣したもの,いくつかの原作をもとにその諸部分を集めて作られたものなどがある。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

どうやら今現在、平山郁夫、東山魁夷、片岡球子の贋作が出回っているらしい。

今月初旬、日本現代版画商協同組合 (日版商) が、平山郁夫、東山魁夷、片岡球子の3人の作家の版画作品10点の贋作が流通していることを確認した。大阪府の5代の男性画商が関与を認め、2013年頃から、奈良県の工房に制作を依頼していたことがわかっている。これを受けて、贋作を販売した可能性のある百貨店も対応を行う事態となっている。

贋作作家といえば、20世紀オランダを拠点としてたハン・ファン・メーヘレン (Han van Meegeren) を誰もが思い浮かべるだろう。

メーヘレンは、20世紀において最も“独創的で巧妙な”贋作者の一人であると考えられている。

Han van Meegeren – Malle Babbe (1930-1940)
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幼い頃から画家を目指していたメーヘレンは、ヨハネス・フェルメール (Johannes Vermeer) の“優れた”贋作を制作したことで有名だ。

彼はダダイスムやキュビズムなどといった現代美術を軽蔑しており、17世紀のオランダ黄金時代に属する画家に薫陶を受けていた。

ピカソが1907年秋に描き上げた『アビニヨンの娘たち』(Les demoiselles d’Avignon)にキュビスムは始まった。

1910年代半ばにダダイスムが起こり、そこから派生して1920年代にシュルレアリスムが台頭。

当時、世界の芸術界ではこれら現代美術が大流行しており、メーヘレンの古典的でかつ写実的な“創作物”は全く評価されなかった。

これこそが、ハン・ファン・メーレンが贋作者の道を進むきっかけとなってしまった。

ハン・ファン・メーレンの罪

Han van Meegeren – Muzieklezende vrouw (1935 – 1940)
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ハン・ファン・メーレンは、1945年5月29日、ナチス・ドイツ軍で最高位の国家元帥であるヘルマン・ゲーリング (Hermann Göring) などにフェルメール作品を売却したことがバレて逮捕された。

1945年にメーヘレンが逮捕された時、その逮捕当時の理由は「フェルメールの贋作の売却」ではなく「敵国であるドイツへのオランダ文化財の売却」だった。

時を逆行し第二次世界大戦初期の1940年5月17日、ドイツ空軍によるロッテルダム爆撃を受けたオランダ軍は、同様の惨劇が他の都市に及ばぬよう降伏を選択した。

その結果、オランダはナチス・ドイツにより占領されていた。

Han van Meegeren – The men at Emmaus (1937)
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故に逮捕当初のメーレンは、オランダ文化財に指定されているフェルメール作品の略奪者として長期の懲役刑を求めらていた。

自身が贋作者だと自白すれば減刑されると考えたメーレンは、ナチス・ドイツに売却した一連の絵画及びロッテルダムのボイマンス美術館に54万ギルダーで売却した『エマオの食事 (The men at Emmaus) 』(1937) までもが自ら製作した贋作であることを自白。

メーレンは証拠として法廷で「フェルメール風」の絵を描いて見せ、自身が売りさばいた「フェルメールなどの絵とされてきた絵画」が己の手による贋作であることを証明した。

皮肉だがこれを機に、今まで自身の“創作物”で評価されなかったメーヘレンは「ナチスをだました男」として一躍英雄となった。


では、このメーヘレンの贋作事件において“パクリ”の対象となったものは何か。

それは「作品」ではなく「フェルメール」という名前である。

「この世に存在しないはず」のフェルメール作品を「既存」のフェルメール作品であるかのように売却したことつまり自己の利益のために作者を偽り贋作を販売したことが問題とされる。

ハン・ファン・メーレンのこの事件においては、フェルメールの手による本物であると偽って作品を販売していたため、例として現在の日本の刑法を適用すれば詐欺罪 (刑法246条) が成立する。

平山郁夫、東山魁夷、片岡球子の贋作事件の争点

東山魁夷 – 草青む (1993)
長野県信濃美術館 東山魁夷館


では昨今の平山郁夫、東山魁夷、片岡球子のセリグラフおよびリトグラフ贋作問題とハン・ファン・メーレンの贋作事件とではどのような相違点があるか。

今回の平山郁夫、東山魁夷、片岡球子のセリグラフおよびリトグラフ贋作問題に関与していた大阪府の画商には警視庁により著作権法違反容疑がかけられた。結果として画商は家宅捜索され、複数の版画を押収された。

著作権法違反容疑がかかるということはつまり真作 (本物) の“パクリ”をしたのだ。

今回の版画贋作事件 (警察の捜査において著作権法違反容疑がかかりこれが犯罪と見なされているため事件とする) におけるフェルメール贋作事件との最大の相違点は「著作権法違反の要件を満たしている」というところにある。

つまり“パクリ”の対象が異なる。

1945年のフェルメール贋作事件に対して今回の贋作事件においては“パクリ”の対象が「作者」ではなく「作品」になっている。

平山郁夫 – 月光ブルーモスクイスタンブール (2004)
美術品販売 ギャラリー田辺


著作権侵害の成立要件は『著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」である』(2条1項1号) とされており、それに重ねて今回のケースでは著作権法第21条「著作物を複製する行為」に該当する。

また、著作権侵害に加え、作品が本物であると偽って販売しているため詐欺罪 (刑法246条) も成立するのだ。

パクリに関する観点から導く贋作が流通した理由

片岡球子 – 花咲く富士 (1972)
美術品販売 ギャラリー田辺


セリグラフはシルクスクリーンと同義の技法で制作され、リトグラフは版画である。前者は孔版、後者は版画板があれば複製できるため、同じデザインの作品を何点も制作することが出来る。つまり真作を複製することが可能であり、且つ真作が幾つも存在する。贋作流通の理由のひとつはこれだ。

そしてもうひとつ、贋作が流通してしまった理由として日本特有の事情もある。

日本では、版画専門の鑑定機関などが存在しないのだ。

普通、芸術作品の取引において本物であることを証明するための「鑑定書」が作品には付いているのだが、版画にはこれ無い。現状、画商らは作品のカタログや真作と見比べながら真偽を判別している。

今回の贋作問題を受け、日本現代版画商協同組合 (日版商) や美術商らが立ち上げた臨時偽作版画調査委員会の事務局は「どのような方法で鑑定するかを模索するところから始めなければならない」と実情を明かしている。

現状を鑑みれば、セリグラフ・リトグラフについて贋作対策を講じる必要があることは明示の事実だ。

東山魁夷 – 秋映 (1998)
美術品販売 ギャラリー田辺


また、今回実際に贋作を制作したとされる奈良県の工房の男性経営者は取材に応じ「他の用途で使うと想像していた」などと語った。

流通させるとは思っていなかった (違法性阻却事由になり得る) ということだろうか。

男性は「摺師」として40年以上にわたり、数多くの作家の複製版画の制作に携わってきたそうだ。しかし、だんだんと仕事量が減少。20年ほど前から修復の仕事も引き受けるようになった。

読売新聞オンライン


現在、日本画は値崩れしている。

大阪の画商が関与した贋作は、いずれも人気を博しており、日本画が値崩れしている現在においても比較的高値で取引されている作家のものばかりだった。東山魁夷の版画は高額なもので900万円にも上り、平山郁夫の版画も250万円ほどで売買されているという。

画商にとっても摺師にとっても厳しい現在の芸術界において、芸術批評家たちがメーレンに厳しかったあの頃の贋作事件の背景をパクったような贋作事件が、より悲惨な形となり起こってしまった。

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