2020年12月25日、Playboi Cartiが2年ぶりのニューアルバム『Whole Lotta Red』をリリースした。

2018年に発売したファースト・アルバム『Die Lit』の続編となるこのアルバムタイトルは2018年8月時点で公開され、リリース直前の2020年12月21日には「mY b3st w0rk YET (今までで最高の作品) 」とツイートしていた。


1. Playboi Carti – Vamp Anthem (2020)


『Whole Lotta Red』は、リリース初週に10万枚を売り上げ、本国アメリカのBillboard 200で初登場1位を獲得。自身初の全米1位を獲得し“今までで最高の作品”となった。

私はこのアルバム収録曲「Vamp Anthem」(2020) がお気に入り。

プロデューサーであるJasper HarrisとKP Beatzは、バッハのオルガン曲「トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565」をサンプリングしている。名前を聞いたことがなくとも、誰もが聞いたことがあるであろうトッカータの冒頭部分をイントロに使った。

Playboi Cartiのニューアルバム・リリースを待望していたことと、バッハをサンプリングしているということが相まってお気に入りの楽曲となった。

  • トッカータ – 鍵盤楽器による速い経過句(パッセージ = 短く経過的なフレーズ)や細かな音形の変化などを伴う即興的楽曲で、テクニカルな表現が特徴。「触れる」と訳される動詞toccareに由来しており、オルガンやチェンバロの調子、調律を見るための試し弾きといった意味を由来とする
  • BWV (Bach-Werke-Verzeichnis) – バッハ作品目録番号。ヴォルフガング・シュミーダーが1950年に著したヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽作品目録

More details Johann Sebastian Bach (aged 61) in a portrait by Elias Gottlob Haussmann, second version of his 1746 canvas.
Wikipedia


西洋音楽の基礎を構築した作曲家であり音楽の源流であるとも捉えられる「音楽の父」ヨハン・ゼバスティアン・バッハは幅広いジャンルにわたって作曲を行い、オペラ以外のあらゆる曲種を手掛けた。

バッハ作品は現代においてもなお鮮度を失うことなくあらゆる分野の音楽に応用され (この記事内では敬意を込めて“サンプリング”と呼ぶ) 、多くの人々に刺激を与え続けている。

今回は、バッハをサンプリングした楽曲の中から私のお気に入りのものを、用語を脚注に記しながら紹介していく。

2. Carnage – Toca (feat.Timmy Trumpet & KSHMR) (2015)


「Vamp Anthem」同様に「トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565」をサンプリングした曲ならCarnageの「Toca (feat.Timmy Trumpet & KSHMR)」(2015) もお気に入りだ。

A$AP FergやMac Miller、Migosなど著名なラッパーとのコラボを多数熟し、ヒップホップの印象が強いDJ Carnageだが、本作のジャンルはEDM。

こちらもトッカータからのサンプリングで、プレストのかかった凄まじい旋律部分を採用。Timmy Trumpetがトランペットで演奏するこれが荘厳でカッコいい。

トランペットの音色とバウンズ・ベースが冴え渡るサウンドで始まり、あっという間に深いビッグルームへ音がすり替わる。

  • プレスト (Presto) – 「急速に」を意味する演奏・速度記号
  • ビッグルーム – 四つ打ち (1小節に4分音符が4回続くリズム) でBPM128前後

3. Brodinski – Geekin Off Drugs feat. Lotto Savage (2017)


3曲目として紹介するのは、フランス出身でアトランタを拠点とするビートメイカーBrodinskiの「Geekin Off Drugs feat. Lotto Savage」(2017) 。

18世紀の無伴奏フルート独奏曲の最高傑作として有名な組曲「無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 BWV1013 アルマンド」をサンプリングした。

Brodinskiがビートとして刷新した、ブレス箇所が極端に少ないアルマンドに、Lotto Savageが忙しないラップを重ねている。

  • 組曲 – いくつかの楽曲を連続して演奏するように組み合わせ並べたもの。古典組曲はアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグという舞曲の組み合わせが普通
  • アルマンド (Allemande) – もともと「ドイツの」という意味のフランス語。バロック音楽の時代には器楽曲形式として栄え、組曲の第一曲、または前奏曲に続く第二曲として採用されていることが多い。

4. AJR – The Good Part (2017)


兄弟であるAdam、Jack、RyanMetで構成されるアメリカのインディーポップトリオAJRの「The Good Part」(2017) 。

AJRは日本ではまだまだマイナーなバンドだが、2019年のiHeartRadioミュージックアワードやティーン・チョイス・アワードにノミネートするなどこれからの活躍を期待できる。2017年リリースの「The Good Part」収録アルバム『The Click』はRIAA 8アメリカレコード協会) にゴールド認定されている代表作。

「G線上のアリア」でお馴染み、19世紀のヴァイオリニストであるアウグスト・ウィルヘルミがピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲を手掛けたバッハの『管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068』の「第2曲 アリア」をサンプリングしている。

「G線上のアリア」の優雅で堂々たるヴァイオリンの上に乗せられるコーラスが心地良い一曲となっている。

  • アリア – 叙情的、旋律的な特徴の強い独唱曲で、オペラ、オラトリオ、カンタータなどの中に含まれる

5. ZAYN – BLUE (2016)


ZAYNの『Mind of Mine』にボーナストラックとして収録された「BLUE」(2016) はZEYNのOne Direction脱退から1年の時を経た2016年3月25日にリリースされた。

このアルバムはZEYN自身の至福、欲望、欲求不満、愛、欲望、悲しみなど、多くのテーマを探求したアルバムとなっている。

バッハの『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』より「第1番ハ長調 BWV 846」のプレリュード部分をサンプリング。

安定感のある美しいピアノの旋律に、ZAYNが委ねたテーマは失恋だ。

  • プレリュード (Prelude) – 前奏曲。規模の大きい楽曲の前に演奏する楽曲を指す

6. NF – Hands Up


聖書やキリスト教の教えに基づくクリスチャン・ヒップホップをルーツとするNFの「Hands Up」は「主よ、人の望みの喜びよ」の名で広く親しまれている『心と口と行いと生活で BWV147 』より「第2部 第10曲 コラール:イエスは変わらざるわが喜び」の伴奏をサンプリング。

バッハはルター派教会に所属しており、その全会衆によって歌われるための賛美歌としてこのコラールを作曲したそうだ。

クリスチャン・ヒップホップをルーツに持つNFだが「僕は確かにクリスチャンだけど、決してクリスチャンのための音楽を書いているわけではない。物事を1つの視点で見てはいけない。僕の音楽は実際に人生で経てきた困難や辛さが元になっている。だから、僕の音楽を理解するのにクリスチャンである必要はない」と話している。

7. DMX – Damien (1998)


DMXの「Damien」(1998) は「チェンバロ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052」から「第2楽章 アダージョ ト短調」をサンプリング。「第2楽章 アダージョ ト短調」は終始反復される低音が主題となっている。

収録アルバム『It’s Dark and Hell Is Hot』(1998) はBillboard 200でナンバーワン認定されており、米国ではリリースしたその週に251,000部のセールスを記録。メガヒット作となった。

2000年12月18日にはRIAAによって4xプラチナディスクとして認定され、評論家にはまさしく“クラシック・アルバム”と評されている。

  • アダージョ (Adagio) – 原義は「くつろぐ」であるが、音楽用語としては「ゆるやかに」を意味し、遅い速度を示す。バッハの「チェンバロ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052」では楽章そのものをアダージョと呼んでいる

8. The Beatles – All You Need Is Love (1967)


The Beatlesが15枚目のシングルとして1967年7月にリリースした「All You Need Is Love」(1967) 。アウトロ部分にはバッハの「2声のインヴェンション 第8番 ヘ長調 BWV779」が引用されている。

「All You Need Is Love」はフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」から始まり、グレン・ミラー楽団「イン・ザ・ムード」とイングランド民謡「グリーンスリーブス」もサンプリングされている。

1967年6月25日、愛と平和を主題とした本作は宇宙中継特別番組『OUR WORLD 〜われらの世界〜』で披露され、スタジオには風船や花、鯉のぼりや「Love」と描かれた落書きなどの装飾が施された。

当時のマネージャーであるブライアン・エプスタインは、この時のパフォーマンスを「グループにとって最高の瞬間」と語っている。

  • インヴェンション (invention) – 器楽曲の1ジャンルであり、2声体の鍵盤楽曲のことを言う。イタリアやドイツのバロック音楽のジャンルでバッハの「インベンションとシンフォニア」の前半部分が最も有名

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