紫陽花の季節になりました。

咲きそめて ふりそめにけり 五月雨に ゆかりや深き あぢさゐの花

「花が咲き始めると梅雨の雨が降り出した。梅雨にゆかりが深いのだろうか、紫陽花の花は」という阪正臣の言葉の通り、もうそこまで梅雨が迫って来ています。梅雨とは、季節が春から夏に移り変わる6月頃、雨の日が多くなる雨季の一種です。

例年よりも遅れている入梅ですが、今週末には梅雨空の戻る所が多くなる見込みとのこと。

私は雨が好きです。

大きな傘をさしてワンピースの裾を濡らしながら、早くお出掛けしたいなと思う。

最近、雨のにおいが強くなればなるほど、梅雨に思いを馳せて過ごしていました。パーソナルな理由が大概ですが、雨を好きな理由として、例えばこんなものがあります。

“黄金の雨”の息子

Danaë, 1907-1908
Gustav Klimt


雨に纏わるギリシャ神話。

神話によるとアルゴス王アクリシオスは美しいお姫様ダナエに世継を望んで神託を求めました。結果は「息子は生まれないだろうが汝に男の孫が生まれる。汝は孫に殺されるだろう」というもの。

これを受けてアクリシオスは、愛娘に男が近づかないよう、ダナエを青銅の地下室に閉じ込めてしまいます。

しかし、ゼウスが美しいダナエの存在に気付いたのです。ダナエに目をつけたゼウスは黄金の雨に姿を変えてダナエに会いに行きます。ふたり結ばれ、やがて月満ちて英雄ペルセウスが誕生するのです。

たまに、黄昏時の空に雨が降っていることがあるでしょう。私はそれを見るとこの「黄金の雨」の神話を思い出します。

黄金の雨は、ダナエに会いに行くゼウスかも。ゼウスが黄金の雨に姿を変えてダナエに会いに行ったことで、ふたりが結ばれてペルセウスが生まれたと思うと、祝福すべき喜ばしい日に思えてくるのです。

Danae, 1545-1546
Tiziano Vecellio


雨の日を楽しく過ごしてみませんか?

ワンピースの裾をちょっと摘まみ上げて、片足を後ろにかけたら膝を曲げてお上品にお辞儀する。傘と手を取り合って社交ダンス。水溜りでタップダンスすれば、地面の雨水が楽しそうに飛び跳ねる。

イヤホンから流れる音楽を雨音でリミックスして歩けば、まるで『雨に唄えば』のオープニング。

雨に濡れ、黄金に光る黄色いレインコートに、黒い傘をさしたドン、キャシー、コズモの3人。その横に並んで空を仰ぎ、雨に打たれながらスキップしよう。

愛しい雨の日、そんな風にあなたを主人公にする雨の音楽たち。

Gene Kelly – Singin’ in the Rain (1952)


言わずと知れたミュージカル映画の金字塔、映画『雨に唄えば』(1952) の主題歌、アーサー・フリード作詞、ナシオ・ハーブ・ブラウン作曲の“Singin’ in the Rain”(1952) 。

映画の舞台は、サイレント映画全盛の時代、俳優ドンと大女優リナ・ラモント大スター同士のカップルともてはやされていた。しかしドンは駆け出しの女優キャシーと恋仲になってしまう。

やがて長編映画として世界初のトーキー「Jazz Singer」が成功をおさめたことにより、ハリウッドでトーキーが大流行する。

そこで、当時作りかけだったドン&リナのサイレント映画を無理矢理トーキーにすることが決定。しかしながら、リナは致命的な悪声の持ち主であったためにキャシーがリナのセリフも歌も全て吹き替えることになる。こうして映画の制作は順調に進むが、吹替を知ったリナは、怒りと嫉妬からキャシーを自分の吹替専門担当にして表に出られないようにしてしまう。

ドン、リナ、キャシーの三角関係とサイレントからトーキーへ移ろう映画界を描いたミュージカル映画です。

  • サイレント映画:音声・音響、特に俳優の語るセリフが入っていない映画
  • トーキー:映像と音声が同期した映画のこと。「talking picture(トーキング・ピクチャー)」を語源とし「moving picture(ムービング・ピクチャー)」をmovie(ムービー)と呼んだのにならったものである。

Gene Kelly, Debbie Reynolds, and Donald O’Connor in Singin’ in the Rain (1952)
IMDb


主題歌“Singin’ in the Rain”では、女優キャシー (デビー・レイノルズ) との甘い恋愛に心身諸共に踊る主人公ドン (ジーン・ケリー) の舞い上がる気持ちが表現されています。

雨を“幸せ”の象徴にした、口ずさみたくなるこの曲。

スタンリー・キューブリック監督映画『時計じかけのオレンジ』(1971) で、マルコム・マクダウェル演じるアレックスが、女性をレイプしながら口ずさんでいることでも有名です。キューブリックに好きな歌を歌うよう求められたマルコムが唯一歌詞を覚えていたのがこの曲だったんだとか。

The Beatles – Rain (1966)


1966年5月に発売されたシングル盤『Paperback Writer』(1966) のB面曲“Rain”(1966) について、ジョン・レノンは「常に天気に一喜一憂している人々について歌ったもの」と語っています。

リンゴ・スターのベストプレイとなったドラミング、ポールのメロディアスなベース、ジョージ・ハリスンのサイケなギター、平和な時間。

当時、メンバーはレコーディングで実験を行うことに夢中になっていました。

そのため「雨だろうと 晴れだろうと、結局は君の心の持ちようなんだよ。聴こえてるかな」と微笑むジョンのボーカル部分はテープを逆再生して収録しています。そうして、ゆっくりと雨が上がっていく。

If the rain comes,
they run and hide their heads…
TheBeatles


1980年のPLAYBOY誌のインタビューで、ジョンは「スタジオから家に帰ってきて、あの時はちょっとマリファナで酔っていたのかな。とにかくいつものようにその日にレコーディングしたテープをプレイバックしようとしていたんだけど、たまたまテープを逆にセットしちゃってて…。でもその音が気に入ったんだ。翌日スタジオに着いてから『これ使えるかもしれないから聴いてみて』って言って逆再生させたんだ」と語ったそうです。

音楽評論家のジム・デロガティスは、本作について「ビートルズ初の素晴らしいサイケデリック・ロック・ソング」と評しています。

濡れたら死んでしまうかのように、雨が降り出すと人々は頭を隠して急いで走りだすけど、雨だろうと 晴れだろうと、結局は君の心の持ちようなんだよ。

聴こえてるかな。

Ray Charles – Come Rain or Come Shine (1959)


“Come Rain or Come Shine”(1946) は、ミュージカル『St. Louis Woman』(1946) のために書かれたハロルド・アーレン作曲、ジョニー・マーサー作詞のジャズ・スタンダードソング。邦題は「降っても晴れても」。

私のお気に入りは(フランク・シナトラのと迷った結果) レイ・チャールズバージョンかな。『The Genius of Ray Charles』(1959) に収録され、1960年と1968年にチャートに入りました。

“Come Rain or Come Shine” (Johnny Mercer, Harold Arlen)(1959) が収録されたB面は、ラルフ・バーンズによるピアノアレンジと101ストリングスオーケストラに演奏される6曲のバラードで構成されています。チャールズの“Come Rain or Come Shine” (Johnny Mercer, Harold Arlen)は、彼のソウルフルなピアノとキレのあるバンドによって、彼の声が引き立てられています。

Ray Charles feeling a musical rush, 1950


タイトルになっている“Come Rain or Come Shine”ですが、実は「何があっても / どんなことが起きても」という意味の慣用句なんです。とってもドラマティックでロマンティック。

だから歌詞の「Come rain or come shine. Happy together, unhappy together. And won’t that be fine.」は「どんなことがあっても、幸も不幸も一緒に分かち合おう。それでいいじゃないか」と訳すことができます。

雨ありきの音楽たち


目が覚めて、窓の外から雨音が聞こえたら、あなたは何を聞きますか?

雨の日、あなたを主人公にする音楽たち。その全てが雨から生まれ、雨を吸収してより一層成長するのです。

雨と音楽で裾を濡らして、6月を堪能しましょう。

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