2018年全米オープン、2019年全豪オープン、2020年全米オープンと、グランドスラムで通算3勝を収めたプロテニスプレイヤー・大坂なおみがLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)の新アンバサダーに就任した。
大坂なおみはLOUIS VUITTON 2021SS コレクションのキャンペーンから登場する予定だ。

アンバサダー就任が発表された際にもLOUIS VUITTON 2021SS ウィメンズコレクションにおいて発表された、多種多様なテキスタイルが継ぎ接ぎに宛てがわれたオーバーサイズTシャツのようなドレスを着用していた。
ウィメンズ・アーティスティック・ディレクターのニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)はこの2021SSコレクションにて、ジェンダーの区別をブレイクスルーし、創造的な可能性が無限に広がる領域であるニュートラルな世界、すなわち「中間」に踏み込んだという。

広大無辺な中間世界を着色し、性格や個性を与え、生かし方を模索するという試みだ。
ショルダーを強調しながらもウエストをベルトでタイトにしたジャケットや、力強いグラフィックと上品なビジューが併存するドレスなど、マスキュリン且つフェミニンなデザインが為されている。

この2021SSからアンバサダーとして大坂なおみを起用したニコラ・ジェスキエールは「なおみは彼女の世代を代表する特別な女性で、ロールモデルでもある。彼女のキャリアと信念は刺激的である」とコメントしている。

アスリートやファッションアイコンである以前に、社会的マイノリティである「黒人女性」だと自身を表現する大坂なおみがLOUIS VUITTONのアンバサダーとなり、この2021SSコレクションのキャンペーンから参加することを機に、私達は様々な社会問題と倫理問題について考えることができるだろう。
人種差別と#BlackLivesMatter、女性蔑視と日本、ファッションと人間。2つの要素の交差点とそこで起きている事件、それをどのように解決し、今後どのように対応・防止していくのか。
大坂なおみ含む私達人間が対峙する課題の解決策とそこに見出される未来について、彼女の姿から学んでいく。
黒人差別抗議活動家としての大坂なおみ/#BlackLivesMatter
大坂なおみは、2020年8月、ウエスタン&サザン・オープンベスト4に進出するも大会期間中である8月23日にウィスコンシン州で起きた黒人男性襲撃事件(ジェイコブ・ブレークへの銃撃事件)に抗議する意を込めて翌日の準決勝をボイコットする意向を一時表明した。
次いで、8月31日より開催された全米オープンでは、米国の警察官の残虐な人種差別的行為の犠牲者となった黒人たち、ブリオナ・テイラー、イライジャ・マクレイン、アフマド・アーベリー、トレイボン・マーティン、ジョージ・フロイド、フィランド・カスティール、タミル・ライスの7名の名前を綴った7枚のマスクを着用し参戦したことで話題となった。

時を遡り2012年2月26日、アメリカフロリダ州で黒人少年のトレイボン・マーティンが白人警官であるジョージ・ジマーマンに射殺された事件に端を発し、2013年、SNS上で#BlackLivesMatterというハッシュタグが拡散された。
翌年2014年7月17日、ニューヨークでエリック・ガーナーが白人警官の過剰暴行により死亡。来る8月9日にはミズーリ州ファーガソンでマイケル・ブラウンが白人警官に射殺される事件が起きた。
翌日10日、Black Lives Matter(=BLM)が警官の過剰な治安維持行為糾弾を意とするデモ行進を兼ねて騒擾し、BLMは世界的に認知されることとなる。

Jeenah Moon / Getty Images
記憶に新しい2020年5月25日、アフリカンアメリカンであるジョージ・フロイドがミネアポリス近郊で警察官の過剰拘束により死亡。これを発端とし、BLM運動は全米的なデモ・暴動と化した。
拡大し続けるBLM。このBLMの核心はアメリカにおける構造的人種差別であるが、ありとあらゆる喫緊の人権問題をも包括している。BLMの複雑さはここにある。

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「Black Lives Matter」は「黒人の命が大切」と訳すことができる。オンラインメディアHuffPost(ハフポスト)日本版にてジョージ・フロイドの死が取り上げられた際、「黒人の命も大切だ」という日本語訳に対して批判が殺到したのだ。
「黒人の命が大切」なのか「黒人の命も大切」なのか「すべての命が大切 (All Lives Matter)」なのか。
その答えはこのBlack Lives Matter運動が行われる所以にある。
黒人が排他的に扱われてきた歴史の上に事件が重なったことでBLMが起きたことは確かであり、まずはそれらを解消していかなくてはいけない。
しかしBLM活動家達そして被害者達は黒人の命に限定して「Only Black Lives Matter」と叫んでいるわけではないはずだ。自分たちの命を、他のどの命とも同等に「大切にして欲しい」ということなのではないか。
彼らを苦しめる歴史的文脈とそこから抜け出せない現代という時を認識し、BLMを理解・解釈する必要があるだろう。
女性としての大坂なおみ/日本における女性蔑視

そして上記にもあるようにこれはカラーだけの問題ではない。しかも日本においては特に複雑である。
大坂なおみが米黒人犠牲者達の名を綴ったマスクで全米オープンに登場した際、一部のファンやネット右翼は「アスリートがBLMのような政治的ムーブメントに賛同するな」と大坂なおみを批判した。
このような攻撃の多くは日本人男性からのものだった。

世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップ(世界男女格差)レポート2020で、日本のジェンダー・パリティ(ジェンダー公正)の指数が153か国中121位という事実が明示にしているように、世界的に見ても日本が男女平等の実現においてかなり遅れていることは確かだ。日本のジェンダー・ギャップは先進国最大と言えよう。
それを証拠立てるかのように、日本人男性の多くが大坂なおみを攻撃し、また彼女のような積極行動主義的女性を「白い目」で見ているのだ。日本が頭でっかちであり孤立しているということが白日に晒された。

人種差別やジェンダーギャップに加え女性蔑視、LGBTQ+等への理解・関心が浅い日本において、大坂なおみはまさに「ゲームチェンジャー」であると言えるだろう。
彼女のアグレッシブでパワフルなプレイを見て、日本人は何を思うのか。彼女のように、マイゲーム以外での課題に向き合いクリアすることができるか。
日本人は「日本にはアメリカほど人種差別・セクシャリティ差別がない」と思っている。固定概念や無意識ほど恐ろしいものはない。それらは時にバイアスとなり、レイシズムを生じさせ得る。
自分の「普通」が世間の、そして世界の「普通」であるとは限らないという現実を受け止め、柔軟に対処しなくてはならない。
ファッションアイコンとしての大坂なおみ/人間が忘れてはいけないこと

2018年を起点に、ファッション界でも人種差別問題をクリアする動きが見られるようになったと感じている。
米版VOGUEが125年の歴史上初めて黒人フォトグラファーのタイラー・ミッチェル(Tyler Mitchell)を表紙に起用したことや、2019SSからヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が黒人デザイナーとして初めてLOUIS VUITTONのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任したことが例として挙げられるだろう。
そして、ヴァージル・アブローが設立しデザイナーを務めるOFF-WHITE(オフ・ホワイト)の服が、女性が着るということを前提に作られていることをほとんどの人が知らない。

Wikipedia
現代のファッションはこの世界に生きる全ての人に開かれたものとなってきている。LOUIS VUITTON 2021SSのマスキュリン且つフェニミニンなアイテム達もそれを証明している。
そして「中間領域」はどんな色をしているのか。
中間領域はグレーゾーンではない。レインボーゾーンのはずだ。LGBTを象徴するフラッグがレインボーであるように、セクシャリティは女性・男性という2分されたものではなく、グラデーションそのものだろう。
LOUIS VUITTON 2021SSのアイテムは、ホワイトやブラック、ベージュといったニュートラルカラーが基調とされ、シーズンのシグネイチャーであるカメレオングリーンを始めとする多彩なカラーがアクセントとして落とし込まれている。
「中間」という世界を、ポジティブでエネルギッシュな可能性を感じさせる色彩で魅せた。

(c)AFP/JOAQUIN SARMIENTO
2021年も、この世の全ての人が肩書きを背負って生きている。
黒人、白人、黄色人種。
男、女、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル。
私はライターであり予備校講師であり学生であり恋人であり友達であり姉であり娘であり孫であり女であり日本人であり黄色人種だ。
しかし、それよりもまず人間なのだ。人間もまた漠然とした中間領域だ。

大坂なおみが全米オープン女子シングルスで四大大会初優勝を果たした際、ニューヨーク市内で行われた優勝者フォトセッションにCOMME des GARÇONS(コム・デ・ギャルソン)のドレスを着用して登場した。彼女は自身の公式インスタグラムで着用写真とともにデザイナー川久保玲とCEO、エイドリアン・ジョフィ(Adrian Joffe)に向けて感謝のメッセージを投稿している。
大坂なおみがLOUIS VUITTONのアンバサダーに起用されたのはなぜか。それは人種差別やジェンダーギャップをクリアしようと積極的にサーブを打ち込んできたからだろう。
しかしそれだけではないはずだ。

私は、世界王者になった時までも、自身が纏う服とその関係者への感謝を忘れずに居られるだろうか。自分の身の回りの事物、その全てに人間が関与していることを忘れずに生きることができているだろうか。
大坂なおみのLOUIS VUITTON アンバサダー就任は、人間の在り方の再考する良いきっかけとなるはずだ。
Thank you for the support ❤️